勝利の女神の裾に触れかけたグリーンロケッツ、次節に雪辱を誓う!
勝利は目の前にあった。
芝生に横たわる白線を越えてボールを地面につければ、18対21のスコアが自動的に23対21と引っ繰り返り、コンバージョンの成否にかかわらず、実戦におけるNECグリーンロケッツ東葛のリーグワン初勝利が記録される。
勝利の前に立ちはだかる最後の壁が、リコーブラックラムズ東京FWの黒い塊だ。
その壁の向こうにある勝利に向けて、ウェールズ代表として幾多の激闘をくぐり抜けたLOジェイク・ボールが、ボールを抱えて巨体をねじり込む。 折り重なるように倒れた両チームの肉体に遮られて、スタンドからはボールが完全に見えなくなった。
トライか。
ノートライか。
つまりは、勝利か惜敗か――。
運命の行方は、TMOによるビデオ画像の検証に委ねられる。
そのとき、秩父宮ラグビー場の時計は87分46秒を示していた。
TMOが始まると、ピッチを取り巻く全員の視線が大型ビジョンに釘付けとなった。
グリーンロケッツのクルーも、ブラックラムズのサポーターも、注視しているのはただ1つ。
ボールをインゴールに置いたかどうか、つまりグラウンディングができたかどうか、だ。
たとえほんのわずかでも、ボールがインゴールに置かれていればトライが認められ、グリーンロケッツの勝利が確定する。
逆に、グラウンディングが確認されなければ、プレー続行が不可能なパイルアップとなって、ブラックラムズの勝利が確定する。
やがてスローモーションで再生された画面のなかに、わずかにボールが見えた。
トライを確信した、クルーから歓声が上がる。
しかし、TMO判定はなかなか終わらない。
いったい何が起こっていたのか――。
「最後のプレーについては、まだ言葉で言い表せないくらいの思いが渦巻いている。自分のなかでは完全にグラウンディングしたと確信している。しかし判定は、僕がタックルされたにもかかわらず、ボールを離さないままプレーを続けた、というものだった。本当に、とても……残念だった」
波立つ感情をグッとこらえて、ジェイクが問題の場面を振り返る。
ラグビーでは、タックルされて膝を地面についたプレーヤーは、倒れた瞬間からの一連の動きを除いてすぐにボールを手放さなければならない。手放すことなくプレーを続ければ、ノット・リリース・ザ・ボールの反則となる。
何度もスロー再生が繰り返された末に下った判定は、このノット・リリース・ザ・ボールだった。
ブラックラムズのフィフティーンが拳を突き上げ、勝利を確信していたグリーンロケッツは呆然と立ち尽くした。
18対21。
手を伸ばせば届くように見えた「初勝利」が、前節に続いて7点差以内負けに与えられる1ポイント獲得の「惜敗」に姿を変えて、試合が終わったのだ。
試合の入りは最高だった。
キックオフを蹴り込み、ブラックラムズのアタックを止めると、PR石田楽人がラックでボールを奪い、そこから90秒以上、11フェイズにわたってノーミスでアタックを継続。
最後はWTB宮島裕之がノーホイッスルでトライに仕上げた。
SOレメキ・ロマノ・ラヴァのコンバージョンも決まり、7対0と先制する。
次のリスタートからはブラックラムズに攻め込まれ、8分から約5分間、自陣のゴールラインを背負ってスクラム勝負を挑まれた。
この間、スクラムは、組み直しも含めて6回続いた。
そのなかでグリーンロケッツは連続してペナルティを繰り返し、結果として、スクラムをコントロールする役割のHO新井望友がシンビンとなって10分間ピッチを離れることになった。
ゲームキャプテンを務めたレメキは、これが「痛かった」と振り返る。
新井が抜けた代わりとして同じHOのアッシュ・ディクソンがピッチに入ったが、それでは人数が15人のまま。だから、グリーンロケッツは、1人別の選手をピッチの外に出さなければならない。ベンチが選んだのはCTBギハマット・シバサキで、結果、再開されたスクラムからの一連でブラックラムズSOマット・ルーカスにトライを奪われ、スコアは7対7の振り出しに戻った。
バックスの防御が1人欠けたところを狙われたのだ。
スクラムはその後、19分には逆にペナルティを獲得するなど修正された。
直後の20分にはレメキがジャッカルを決めて、嫌な流れを断ち切り、それが23分のトライに結びつく。
これは、ゴール前のラインアウトからモールを押し込んだもので、コンバージョンはならなかったが、さらに30分にはレメキがPGを追加。15対7とした。
ハーフタイム直前のブラックラムズの猛攻もしのぎ、「前半の終盤に失点しなかったのは今季初めて。これまでの修正点がようやく実を結んで、ハーフタイムを迎えることができた」と、ロバート・テイラーHC(ヘッドコーチ)も評価するパフォーマンスで、前半を終えた。
後半、レメキのPGで18対7とリードを広げたものの、その後はブラックラムズに2トライ2コンバージョンを奪われて、18対21と逆転される。
しかし――本当のドラマが始まったのは、3点差を追う試合終盤だった。
まず66分、ブラックラムズ陣内に15メートルほど攻め込んだところでペナルティを得る。
位置はポスト正面。PGを決めれば同点に追いつく。
しかし、選択したのはラインアウト勝負。
あくまでも、同点ではなく勝利にこだわる考えだ。
68分にもPGを狙う機会はあったが、グリーンロケッツはアタックを選択。一度はペナルティでボールを失ったが、72分にディクソンがジャッカルを決めて取り返す。
勝利への渇望に突き動かされたグリーンロケッツは、たとえボールを失っても諦めることなく防御に集中し、ボールを奪い返してはアタックに全精力を傾ける。
79分には、FWが近場を攻め続けてから、左に回り込んだレメキを走らせた。が、トライにはわずかに届かず、ゴールラインからのドロップアウトに。
再開したアタックの途中にホーンが鳴り、そこからは、ノックオンやスローフォワードが起これば試合が終わる状況となったが、この日のグリーンロケッツは、そうしたイージーなミスをすることなく、高い集中力を保ち続けた。
13フェイズ重ねたアタックにブラックラムズがたまりかねてペナルティを犯し、82分にはゴールラインまであと5メートルの位置でのラインアウトに持ち込んだ。
ジェイクがキャッチしたところでモールを組む。
いつの間にかバックスも次々とモールに加わり、コントロール役のSH田中史朗と、遠いサイドでキックパスを待つ宮島を除いて、13人が塊となってトライを目指す。
しかし、ここでボールのコントロールを失えば、プレー続行不可能と判定されて、試合が終わる。そんな状況に、押し切れないと判断した時点でボールを持ち出してのアタックに切り替え、FWで細かくサイドアタックを繰り返すこと17回。ブラックラムズが再びペナルティを犯す。
そこから途中出場のNO8フェトゥカモカモ・ダグラスが小さく蹴って仕掛け、LO山極大貴がさらに持ち出したところでアドバンテージが出る。
グリーンロケッツは一転して左へ展開。
レメキがタックルされながらもボールを転がしてFBトム・マーシャルにパス。
そして、マーシャルからパスを受けた宮島が一気に加速。
ルーカスのタックルを受けながらも、左隅にボールを置く!
逆転トライ――と沸き立つクルー。
しかし、TMOの開始に、一転して歓声は静まった。
最初に流れた映像は、上から宮島のグラウンディングの瞬間をとらえたもので、クルーが一斉に歓声を上げた。
だが、何度も繰り返しグラウンディングの状況が確認され、最終的には宮島の左足が、ボールを置くよりもわずかに早くタッチラインに触れたと判定されて、ノートライに。
それでも試合は終わらない。
再びペナルティがあった地点に戻り、今度はジェイクがボールを小さく蹴って走り出す。
そして――10回の密集戦を経て、冒頭の場面に続いたのだった。
「3点差だからPGを狙って同点にする、という考えはまったくなかった。まだ時間が残っている段階では、同点になって相手のキックオフという状況が嫌だった。それに、グリーンロケッツは、生まれ変わったばかりの新しいチーム。だから、新しい歴史を作るためにも、トライを奪って勝つことにこだわった。ここまで来たら、絶対に勝って帰ろうと思っていたよ」
ゲームキャプテンのレメキは、そんな言葉で、あくまでも勝利にこだわった胸の内を明かす。
テイラーHCも、「選手たちの判断を完全に支持する」と話した上で、「ピッチにいた全員が、みんな勝つことに対して積極的だった。グリーンロケッツには、そういう勝利に貪欲な選手たちしかいないことが、今日の試合で明らかになったと思う」と、胸を張った。
2節続けて勝利が目の前にちらつくゲームを落としたグリーンロケッツだが、テイラーHCは「全体的に見れば、攻守ともにかなり良くなってきている」と手応えを感じている。
そして、次節に向けての期待をこんな言葉で表現した。
「今日は、選手たちが言葉では言い表せないほど、悔しい思いをした。そんな気持ちが、次節の勝利に向けた、格好のモチベーションになる」
その相手は、トップリーグ時代から長年お互いをライバルとして認め合ってきた、東芝ブレイブルーパス東京だ(13日 秩父宮 14時30分キックオフ)。
2試合続けて7点差以内負けという悔しさを、「三度目の正直」で勝利へと変換することができるか――シーズンの浮沈を懸けたブレイブルーパス戦は、クルー必見の大一番だ!
スターティングメンバーなどはこちらよりご覧ください。
リーダーズコメント
ロバート・テイラーHC
今日は、3点差で迎えた終盤に、PGを選択して引き分けに持ち込む選択肢もありました。ただ、選手たちにはトライを獲れる手応えがあったのでしょう。みんな勝つことに対して積極的でした。
勝利に飢えた選手たちが挑戦している姿は、今日のポジティブな面です。チームには、勝利に貪欲な選手たちしかいないことが、明らかになった。結果にかかわらず、「グリーンロケッツは勝つために試合をしているんだ!」という強いメッセージが、多くの人々に伝わったのではないでしょうか。もちろん、コーチとしても選手たちが下した判断を完全に支持しています。
これで2試合続けて7点差以内負けが続いたわけですが、これを勝利に結びつけるためには、スクラムが重要なファクターになります。今日の試合では、ラインアウトからのモールディフェンスは非常に良かったし、課題は修正されつつある。
全体的に見れば、攻守ともにかなり良くなっているのですが、今日はアタックの流れも、少し良くなかった。そうした細かい部分の修正が勝つためのポイントになると考えています。
次節に向けては、今日、悔しい思いをしたことが、選手たちの気持ちをさらにかき立ててくれるでしょう。展開としては、今日と同じように、力と力がぶつかり合う腕相撲のような内容になるでしょうが、チーム全体でハードワークして立ち向かいます。
チームは今、明らかに良い状態になりつつあります。今日の試合がそうだったように、「これがグリーンロケッツのラグビーだ」という特徴(キャラクター)が明確になりつつある。そうやってディフェンスを改善し、セットプレーを改善していった先に、チームとしての明確な特徴を出して勝利をつかみたい。パフォーマンスは今、良くなっているのですから。
レメキ・ロマノ・ラヴァ ゲームキャプテン
ゲームキャプテンとして、いつもと違うことを意識した、ということは特にありませんでした。
最後まで勝利を確信していたし、最後の瞬間には、勝ち切ったと思ったから悔しいけれども、ゲームとしては、それほど悪い内容ではなかった。
PGを狙って引き分けることも、もちろん考えたけれども、同点は、負けといっしょ。今のグリーンロケッツは新しく生まれ変わったチーム。新しい歴史を作るためにも、トライを奪って勝つことにこだわった。みんなメッチャ頑張っていたから、ここまで来たら絶対に勝って帰ろうと思っていました。
むしろ「なんで勝てないのか……」という気持ちです。
僕が10番をやることについては、それがチームにとってベストなメンバー構成なら、まだカンペキとは言えないかもしれないけれども、頑張るしかない。僕はもともと走るのが得意なランナーだから、10番でいつ走るか、いつ蹴るのか、そういうコントロールがシーズン最初の頃はちょっと難しかった。でも、試合を重ねた今は、だいぶ理解してきました。今日はチームがやろうとしていることに一番フィットしていたから、10番としてのプレーができたのではないかな。
ただ、相手と勝負して走りたいという気持ちは今でも強いし、ランは自分の強みだから、もう少しランでチャンスを作りたい。次節は、もう少しボールを持って走りたいですね。
チームとしては、もっと1つひとつのプレーの精度を上げる必要がある。今日は、規律の部分でイエローカードを2枚出されたから、ディシプリンにもこだわりたいですね。
プレーヤーズコメント
1番で初先発 石田楽人
最初のスクラムの攻防で反則を繰り返し、チームとしてシンビンを出してしまったところには悔いが残りました。ただ、初先発ということで言えば、スクラムで少し修正できたところもありましたし、自分の仕事はできた手応えもあります。でも、試合に負けてしまったので及第点はあげられない。そういう感触ですね。
これからは、スクラムで、低くヒットすることとヒットするスピード(早さ)を心がけていきたい。今日も、修正してからは、相手から反則をとれたので、そういういいスクラムを毎回組めるようにしたいですね。
3番で初先発 上田聖
初先発だからといって特に変えたことはありません。PRとして、スクラムであったり、モールでの防御で貢献できれば、と思っていました。
今日は、1つタックルをミスして、それがトライにつながった場面がありました。だから、あとのプレーがいくら良くても、自分のなかに残っているのは、ミスをしたそのプレーだけ。1対1のタックルでしっかりプレーをすることが課題として残りました。
スクラムは、全体的には、そんなに悪くなかったと思っています。ただ、最初に反則を繰り返したのが反省点です。あそこでしっかり修正できるような安定感を身につけなければと思いました。そうした対応力は、どの試合でも必要ですから。
これからは、相手のゴール前でペナルティをもらったときに、みんなが迷わずスクラムを選択するような信頼感を得られるようにしたいと思っています。
69分(後半29分)から出場して初キャップ獲得 小幡将己
今日は、とにかく準備してきたことを出してチームに貢献しようと思ってプレーしていましたが、プレッシャーがかかった状況のなかで、しっかりプレーを遂行できない部分がありました。自分にはまだまだ足りないものが多い……というか、もっともっと成長しないといけないと痛感した、悔しいゲームでした。メンバーに選ばれた以上は、恥ずかしいプレーはできないと思っていましたから、気合いは入っていたのですが。
CTBとしての役割は、アタックをオーガナイズしないといけないのですが、今日はそれができなくて、勝利に貢献できなかった。この悔しい気持ちを忘れずに、次にメンバーに入るときには、そういうプレーで貢献したいと思っています。
獅子奮迅の活躍をした ジェイク・ボール
グリーンロケッツは、今、勝てるチームになるために前進しているところで、チームとしての準備もゲームプランも、良い方向に向かっています。それを考えれば、今日は結果が出なかったけれども、そのことをあれこれ言っても仕方がない。結果はあくまでも結果に過ぎず、今日は勝つか負けるか最後までわからないところまで相手を追い詰めることができた、ということが大切。それをもとに、これからももっといいチームになれると思うし、そう期待してもらいたい。
チームはどこにも負けないくらいハードなトレーニングを積み重ねているし、ここ数週間でチームは明らかに向上している。勝つためにどうすればいいかと訊かれても答えるのは難しいけれども、これまでのようにしっかりした準備を積み重ねることが一番大切だと思います。
(取材・文:永田洋光)